智慧はデータじゃない! その3

AIは知性を持つかもしれない。では智慧を持つだろうか?

このところずっとAIと関わる未来のことを思い、
その未来に「心を扱う教え」(いわゆる「仏教」を超えているため、勝手に命名)は
どう関わっていくのだろう、と考えていました。

でも、ライオンズゲートで宇宙エネルギーを浴びたせいか(突然スピ系😂)
チベット仏教のリトリートに参加し続けたせいか(これが1番の理由!)
結論が出ました。
現時点で、私なりの。

心のゴミ拾いをして床を見つけること・・・
智慧そのものである心の本質を認識し、それに安らうこと
それが「心を扱う教え」の究極だとしたら、
床の上に散らばる雑多なモノはたくさん集められるだろうけど、
床そのものに安らうことは
(さらに床そのものとなることも)
AIにはできない。


多分、「床に寝たいのですか?」
くらいしか言わないよね、AI。

AIは、智慧を持つことはない。
知性を極限まで突き詰めたとしても。
AIのラーニングシステムが、現行と変われば
あるいは、宇宙そのものと一体となることもあるかもしれないけれども。
でもそのとき、AIと呼ばれるものは
どこかの巨大データセンター(クラウドと呼ばれていても雲ではない)の物理的な機器群という
形すら留めていないかもしれない。

自然と同化した何かに「それ」がなったのなら、
智慧をもつこともあるのかも。
でもその世界では
「それ」と自然と人の区別などなくなるのかも。

などと、直感的に感じた夏です。

私もプログラミングが好きだから、
AIは最高の秘書だとは思っているけれど、
盲目的にAI礼賛するのもどうかな、と感じていたので、
自分の中で結論が出て
ちょっとすっきりしました。

アイキャッチ画像は部屋に咲いた双頭の薔薇。
2年ぶりに咲きました!