新月に空性を考える……つもりだった

謹賀新年


暦の上では大寒・・・
明日は関東も雪が降るかも、と言われていますが
2026年の書き初めでございます。

このところ、チベット仏教カギュー派のミンギュル・リンポチェという方のシステムで
実践を始めておりましてな。
(ミンギュル・リンポチェについては「智慧はデータじゃない! その2」
をご覧ください!)

空性の瞑想をしておりますが、
(ちなみに「瞑想」という言い方は、一般的な意味で使っています。
仏教的には「行」とか「観想」とか色々あるわけだけど、
いまは一括りにしちゃいますね)
足が冷たくなってくるとフッと
「何もない」ことへの強烈な恐怖が過ぎることがありました。

以前、ゲルク派のお師匠のゲシェラーから聞いた話では、
やはり空性の瞑想をする修行僧の中には
行が深まった時、自分も世界も全くない境地に至り、
けれども、フッとそこに「自分」が現れて
途端に強烈な恐怖が蘇り、
思わず自分の胸を叩いて瞑想から覚め、
「ああ、良かった、私がいた! 私がいた!」
と「自分」の存在に安堵した・・・
そうです。

この意味が、始めてリアルに分かった気がしたなぁ!

「何もない」ことを、世俗の意識で「気づいて」しまう「私」がいると、
世俗的には本当に恐怖なんです。
私の存在が全くなくなってしまい、
世界が全くなくなってしまい、
本当に何もない場所に放り出されてしまったような
瞬間、恐怖と孤独に襲われてしまう・・・

この体験について、先輩修行者でガイドのKさんから
心に響く言葉を教えてもらいました。
アメリカでカギューを広めた第一人者の
チョギャム・トゥルンパ・リンポチェの教えです。

空性の瞑想というのは、
高い空中からパラシュートなしで飛び降りるようなものだけれど、
恐怖を感じなくても大丈夫。
なぜって地面もないのだから。

(私的受け取り方なので、教えそのままではありません)

いかにもセンス抜群でトンガってるけどお茶目な(私の印象🤣
カギューならではの表現でしょ〜!🎵
最高!

そっか、地面もないんだ! ははは🎵
・・・というわけにはいかないけれど、
それでも、なんとなく
昔、やってたパラグライダーを思い出しました。
恐怖を感じる自己が現れてしまったら
透明なパラで空中遊泳してると思えばいいんだ、と!

ふんわり浮いてるんです、風に乗って🎵
空(くう)のまにまに🎵

ああ! 風の時代だけにね!

空性の瞑想は
パラグライダーに乗って🎵
何もないんじゃなく
全てが満ちている
・・・てな気分で、進めてまいりましょう!

★ゲーム作成も忘れてないです!🤣
 今年こそは頑張ろう!